50万円ショック

この1月末に会社を辞めて、5ヶ月が過ぎました。
おかげさまで、毎日機嫌良く過ごしています。
不思議なほどサラリーマン時代のことを思い出すことがありません。
ただ時々立ち止まることもあります。
特に6月はわしにとって特別な月でした。
そう、独立を決断したのは、ちょうど一年前の6月にわしの身の上に起こったある事件がきっかけとなったものでした。
今回はその事件についてお話しします。
6月は上期のボーナス月です。
そのボーナスの金額が予想していた金額より50万円も低かった。
最初にその数字を見たときこれは何かの間違いだと思い、直ちに上司に問い合わせたところ、「間違いではない。これはお前の昨年の評価に基づいて決められた金額だ」と言われました。
要するに成績が悪いので、ボーナスが下がっていたということです。
学校の5段階評価で言えば、2。
ちなみに、それまでの成績はずっと3でした。
3が2になると半期で50万円以上、通年で100万円以上収入が下がってしまうのです。
わしが納得いかなかったのは、「昨年のわしの評定が3から2に下がった」ということを、誰からも伝えられなかったことでした。
上司からも、人事からも、です。
わしが当時所属していた部署は会社人生でもっとも合わない職場で、上司にも人事にもそのことを伝え出来れば異動したい旨をちょくちょく伝えていました。
だから、「おまえは自分の能力を今の部署で活かせていないなぁ、今よりもぴったりの部署を探しておいてやるよ、だけど今回の成績は2にしておくからな、なぁに、挽回のチャンスはこの先いくらでもあるから、今回は我慢してくれよ」くらいのことを伝えて寄こすチャンスはいくらでもあったはずなのに、ボーナスの金額を見るまで会社側から伝わる機会はありませんでした。
さて、ボーナスの数字を見たとき、まず「これは何かの間違いだ」と思いました。
次に、問い合わせてみると「評定が2に下がっている」と言われ、これは納得がいかないとただちに上司に対して苦情を伝えました。
ところが上司は「俺は知らない。決めたのは俺より上の部長と人事だ」と言います。
よし、それなら部長と人事を問いただそうではないか!と一瞬考えましたが、いや待てよと立ち止まり、しばし熟考しました。
長い会社生活の中で口惜しい思いを何度となく味わってきた経験を思い起こしてみると、それは確かに闘いの連続だったのですが、その闘いにはいついかなる時も、相手の実体が存在しなかった。巨大な組織の前に、個人の力は非力なのです。
今回の問題、50万円を勝ち取るために闘いを挑むという選択肢はありました。そして、徹底的に闘えば勝つ自信はありました。(わしはこう見えてゴネるのが得意なのです)
ただし、勝利を勝ち取るために使うエネルギーは、相当なパワーが必要でありそこまでパワーをかける価値があるのか?という疑問符が浮かびました。
そしてゴネるという行為は、会社に対する忠誠心・仕事に対する自信の裏返しですから、それだけ会社に貢献することを担保あるいは宣誓するのに等しいと考えました。
このとき、ずっと以前から胸に秘めていた、会社を辞めて独立したいという志がフツフツとたぎり始めました。
この「50万円ショック」は、正にわしの背中を
とん
と押してくれた事件だったのです。
正に転機です。
100万円は確かに惜しい。
でも、これは手切れ金と考えよう。
自分の本気を天が試すために与えてくれたチャンスだ。
そんなふうに自然と思えてきました。
かくして、独立に向けた活動が始まったのでした。