おそ天 フェイスブック
2014/01/13

何かを手に入れるには、何かを手放さなければならないのか?

2007年秋、40歳を目前にしてたった一度の人生に悔いを残さぬために、わしはある決意をしました。
それは、それまで積み重ねてきたものを何一つ失うことなく、自分の世界をダイナミックに拡げて行こうという挑戦でした。
それまで積み重ねてきたものとは、たとえば家族であり、たとえば会社でのキャリアであり、大切にしてきた価値観であり、その他自分の中にある物全てです。

何かを手に入れるには、何かを手放さなければならない

したり顔の大人は、しばしばこんな事を言います。
わしは、このことについて理屈では正しいように感じながらも、魂レベルで納得が行っていなかったので、何かを手放すという選択肢を持たぬまま、挑戦を始めました。

そうしておよそ三年間、様々なテーマに対し試行錯誤を繰り返しながら活動していく中で2010年秋、NLP(神経言語プログラミング)に出会いました。
更に三年間、NLPを深めたり研究したりしながら活動を継続してきた結果、いまパーソナルコーチを名乗り、NLPの勉強会を主催するようになり、「だれでも天才部」というコミュニティーを主宰するようになりました。

わしは、NLPを学ぶことで、多くの納得感を手に入れました。

何かを手に入れるには、何かを手放さなければならない

という考え方が、必ずしも正しい訳ではないということの確信を得たのも、その一つです。

人は、自分の経験の中で、多くの思い込みを抱えています。またそういう自覚を持っていたとしても通常本人が気づけるのは氷山の一角であります。
NLPの学びは、わしにその存在(氷山には大部分が見えていない全体があるということ)を気づかせてくれました。
思い込みを外すことは、人に自由な発想をもたらします。すると、やがて自分の無限の可能性に気づくことができるようになるのです。(「無限」は、単なるメタファーではありません。本当に無限なのです!)

その事を悦びと捉えられるかどうかは人それぞれですが、わしは大きな悦びとして受け止めました。
NLPは、圧倒的なインパクトをもってわしの世界観を変容させたのです。
四十数年もの間経験してきた様々な事象はわしにとって、例えるならそれは、まるで永遠に終わらないと絶望しかけていたパズルでした。
そして・・・そのパズルはある時を境に一気に全体像が浮かび上がり、思いがけない素晴らしい美術作品が目の前に出現したのです。
そしてその結果は・・・人生においては無駄なピースは何一つないという確信でした。
(^^)

わしが体験してきたそのプロセスが果たして天才へ繋がっていく道なのかどうか、今のわしにはまだ断言できるレベルではありません。

が、まあ見ていて下さい。

少なくとも、このサイトが記事で溢れ返る頃には、わしの仮説(人は自らの才能を信じることが出来る限り、誰もが天才である)は実証されるでしょう。
わしはそう確信しています。


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    棟居微貳(Munesue Biny)

    自分の『現在(いま)』に満足できない働き盛り世代に向けて、「自らの意思で健全に自己成長できる機会を提供すること」をテーマに、様々な活動を展開しています。

    スパイラルセラピスト
    メンタルセラピスト(ジェネラティブコーチング)
    チームCST リーダー
    だれでも天才部 部長

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